Se Rassurer


「ふぁ…あああぁ〜〜あぁ……」
おおよそその麗しい外見に不釣合いな大きな欠伸と共にカーテンを開けると、一人の男が書物から顔を上げた。
「100年の恋も冷めるとはこの事だな」
「何だってジル!?君は僕に恋してるのかい?」
大袈裟に驚いてみせる彼女に、ジルと呼ばれた男は眉を顰めた。
「阿呆。最低限の慎みを持てって事だ」
「なぁんだよ、アトスみたいなこと言うなよ〜」
男は隊医のジル、そしてアラミスの数少ない理解者の一人でもある。
彼は諦めたように小さく溜息をついた。仕方無い。銃士隊で生きていく以上、慎みなど邪魔になるだけなのだから。しかし……。
「アトスに言われても危機感は感じんか?」
お目覚めのカフェを淹れてやると、幸せそうに啜っている。
「ん〜〜…ジルの淹れてくれるカフェはおいしいねぇ」
にっこりと微笑んではぐらかす所をみると、多少は当たっているようだ。

アラミスは夜勤から早番勤務というオーバーワークをこなし、疲れきってここで仮眠を貪っていた。ここならジルが居るから仮眠室より安心して眠れる。
「もういいのか?2時間も寝てないぞ」
「大丈夫。これ以上寝ると夜眠れなくなっちゃうよ」
「おや?今夜は『眠る』予定なのかい?」
笑いを含んで意地悪く尋ねると彼女は羽根枕を投げつけてきた。
「お前な……」
「妬くなよ〜嫁が実家に帰ってるからって!!さ、本でも読んでこよっと。ごちそうサマ〜!」
憎まれ口を叩いて、風のように飛び出していくアラミスに半ば呆れてしまう。そして思うのだ。
物好きな奴もいるもんだ…と。


「たぁいくつだあぁ!!」
アラミスは10分もたたないうちに机の上に本を放り出す。
ポルトスはアトスと遅番だし、ダルタニャンは夜勤が終ってとっとと帰ってしまったし。朝から降り続く雨の所為で、控えの間は他の銃士たちの喧騒で鬱陶しい。
もう目は冴えてしまったし、書庫ならば静かで、控えの間からも離れてるし、何よりもカードより読書をしたがる奴なんか銃士隊にはいない。
だからココはアラミスにとって安らげる場所の一つだ。

お行儀良く机の上に両足を投げ出し、天井を仰ぎ見ると、年若い隊医の言葉を思い出す。
「うるさいなぁ…」
気にしていないわけではないし、気を付けないこともない。ただなんとなく…。
なんとなく……なんだろう…?

ほぅ…と溜息をつく。
一人で過ごす時間はなんて長く感じるのだろう。あと数ページで終るこの小説も集中できない。
今日は特にそうだ。
誰だって雨の日は憂鬱になる。長靴はドロドロになるし、羽飾りはグチャグチャで、部屋にいてもじめじめして、体まで湿気を含んだように重く感じる。

「ブルゴーニュの良いのをグリモーが見つけてきた。明日開けよう」
別れ際にこっそりアトスが耳打ちしたのは昨日の夜だ。
二人きりの夕食のお誘いが嬉しくない筈はない。ブルゴーニュは勿論、グリモーの料理はおいしい。なのに何故こんなに憂鬱なんだろう…。
雨が降ってるから?

アラミスは読書を諦め、窓際に腰掛けて空を見上げた。薄暗い空からは、霧のような細かい雨が曇った硝子に弾けている。
5月に入っても雨のふる日は肌寒い。部屋の中にいても吐いた息は白くけむった。
「うるさいなぁ…」
また、つぶやく。
服を脱ぎ散らかすなとか、書き損じた紙はちゃんと屑篭に捨てろだとか…。
意識してやっていた事がいつの間にか癖になってしまって…。叱られている訳じゃないのだ。だって彼はいつも苦笑しながら片付けてくれるんだもの。
叱られている訳じゃないんだけど………。


ふと目を開けると窓の外はすっかり暗くなっていた。慌てて辺りを見回すと、テーブルの上には燭台が柔らかな灯りをたたえていた。その明かりの下でアトスが、アラミスの放棄した小説をめくっている。
「起きたのか?…ジルがここだと言ってね」
「う…ん」
きまり悪くてそっと窓を開けると、雨はまだ降り続いていた。

「今日は一日中降ってたな。おかげで陛下も早々にお休みになられた」
「起してくれたら良かったのに」
「今来たところだよ。それに、あんまりよく眠っていたからね」
くすくすと忍び笑いを漏らし、アラミスの横に並んで見上げた空は、雲が厚く夜空を覆っている。
「本降りにはなりそうにないが…。今のうちに出るか?」
「……うん」
優しく尋ねる彼に暫し見惚れて生返事を返すと、再び視線を空に戻した。
そうしてそっとアトスの左手に触れた。手袋を外したあったかい手に…。
それに自分の右手を滑り込ませると、確かな力が返って来る。

「まぁ…いっか」
小さく呟くと、紫紺の瞳が問い掛ける。
「うん?」
「何でもない」
小さな憂鬱の原因など、どうでもいい。今、この瞬間こうしていられるなら……。
「…もう少し、こうしてて」
そう言ってアラミスがそっと彼に身をよせると、繋いだ手にまた力が加わる。
胸が温かくなる幸福感。惜しみなく彼女に与えられる愛情と信頼。
「今夜は少し冷えるねぇ」
「そうだな…。お前の手もこんなに冷たいじゃないか」
「…うん。……ブルゴーニュ、楽しみだな…」
「俺もだ。グリモーはかなりの目利きだからな」
「…明日はゆっくりしようね」
「ああ、昼までゆっくり休もう」
「明日の朝も冷えるかな?」
「そうだな。多分…」
「じゃあ、今夜はずっと一緒にいてね」
「勿論。一晩中抱き締めているよ」
「寒くないように?」
「ああ」


一番安心できる場所。それはきっと君の腕の中……。

Fin
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天月智音様(会員No.21)から頂きました。
うきょ〜vvv 甘いです〜!!! らぶらぶですよ〜!!!(狂喜乱舞)
アトスさんを待つアラミスさんの物思いがとても丁寧に描かれていて、
なんて可愛いんだろう〜!アトス早く帰って来い!て感じですかね(笑)。
銃医のジルさんとアラミスさんとの会話も、ほのぼのしてて楽しいです♪
天月様、どうもありがとうございました!

 
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