ささえびと 右腕に、一直線の深い炎が走る。 「―っ…」 炎は痛みに変わり、急速に大きくなっていく。ぬるりとした感触がじわじわと広がる。 「ぐ…」 自身に向かってくる怒声が耳障りだ。歯を食いしばり、影を視界に捉える。 男の剣を交わす。痛みが騒ぐ右腕で、懸命に男の足を斬りつけた。 「ぐあ!」 苦痛を訴える声と共に、乾いた音が響く。それは雨の打ちつける地面に、銃士の手にしていた剣が落ちた事を表した。 早く、早く拾わなければ。 右腕が、金槌で叩かれ続けているように痛むが、命が掛かっている。剣の感触を足に覚え、手を伸ばす。 しかしこの銃士は、背後から殺気が襲いかかるのが予測できた。剣を掴む前に、斬られる。今避けることが出来たとしても、恐らく、次の一太刀で―。 瞬時に予測した自分は、どれをとっても良いものではない。次に自分を襲うであろう痛みに少しでも耐えるべく、全身を緊張させて目を瞑った。 ドス、という鈍い痛みが間近で聞こえた。 しかし、衝撃は自分に伝わってこない。ただ、続く右の腕の痛みしかない。 おかしいと判断したこの金髪の銃士は、ゆっくりと目を開き、後ろを振り返る。飛び込んできた光景に、唖然とした。 先ほど殺気を放っていたであろう男が、脇腹を支えて倒れているのが、暗闇でも判断できた。 「!」 銃士はその美しい顔を歪ませつつ、口が開いた。 「うおおおおおっ!」 おぼつかない足取りではあるが、ぎらりと光る刃物を持って襲い掛かる者。だが、彼はふわり、空に体が持ち上げられ、そのまま地面に叩き付けられた。 「行くぞ!」 隣からよく聞いた事のある、大きな声。ゴロツキ達を叩きのめしたその人は、この銃士の左手を引き、走り出した。 力強く引かれるままに、この銃士もがむしゃらに走った。 この日、アラミスは朝から調子が優れないようであった。体も、心も。 アトスはその事を問いただしたが、「大丈夫だ」と、あっさりと言葉を返された。 しかし、言葉とは裏腹にアラミスの顔色は青く、皆に隠れるように脇腹をさすっている様子を、アトスは何度か目撃していた。それを、金髪の親友に問うことはしなかったが。 仕事が終わった時、外はすっかり暗くなっていた。残ったのは自分とアラミスのみであり、「一緒に帰らないか」と持ちかけた。 コミュニケーションとは言えない言葉のやり取りを繰り返し、アラミスの家の近く。「また明日」と別れた。自分の家の方へ数歩歩いた時、嫌な予感を覚え、アトスはもと来た道を戻った。 人気のない路地。そこでは不調の友人が、暗闇とゴロツキ共に歓迎されていたのであった。 気がつくとルネは、一面闇の中にいた。 事態が飲み込めず、何か無いのかと辺りを見渡す。すると遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。 掠れた様な小さなその声は、懐かしくて、温かくて、哀しくて。 応えて下さいと、ルネはその人の名を叫ぶ。 「フランソワ!フランソワなのー?」 声のした方へ走ると、段々大きくなる姿が視界に入った。誰かがいる。 ルネは足を止めた。そこにいる"誰か"は、決して愛する婚約者ではない。誰なのか、教えてもらったでもなくルネは悟り、口を開いた。 「おまえが、殺したの」 いつの間にか男物の服を纏い、右手に剣を携えていたアラミスは、その影を睨みつけてゆっくりと近付いた。 "恋人の敵"である影は、後方からの殺気を受けても微動だにしない。 アラミスは剣を握りしめて、その右手を振り上げた―つもりであった。 刹那、どこからやってきたのか。鋭い痛みが、右手から肘、肩のほうまで走りぬけた。走り抜けた痛みはだが消えることが無く、強さを増していく。 それだけでなく、右腕は痙攣まで始めてしまった。剣がその手から離れて、落ちる。 「あ…っあ…ぁ……」 重力が突然、彼女の居る場所にのみ重く働いたような感覚。アラミスはべシャリと倒れこんでしまった。 「フフ、フ、グワッハハハハハハ!」 低く、下品な笑い声と共に、影が自分から遠くへと去っていく。 待て、待て、待て。あと少し腕を伸ばせば、悲願が達成出来るのだ。押しつぶされそうな見えない力に少しでも抵抗せんと、アラミスは渾身の力で顔を上げて、腕を伸ばす。しかしそれが限界。 影は遠ざかるが、笑い声はますます大きくなり、アラミスの耳を打つ。 お前なんぞに、この私が殺せるものか!女が剣を持ったところで私を討てるものか! この笑い声は自分をそうやって愚弄しているのだ。アラミスはそう感じ、歯を食いしばって立ち上がろうとするが、見えない力と酷くなる右腕の痛みがそれを妨げる。 体が、利かない。 私は、もう剣を使えない、持てないのか。私はもう、フランソワの敵を討つことは出来ないのか。 私は、もう―。 「アラミス!」 「は…」 ゆっくりと目を開けると、ぼんやりと人影が瞳に映る。そしてそれは、だんだんハッキリとしたものとなった。 「まだ、痛むか?」 問いかけられて、アラミスはいつの間にか右腕の傷に処置がしてある事に気が付く。そしてその痛みも、 「いや、さっきよりは…」 引いていたのだ。 「そうか」 アトスは微笑をたたえた。彼の安心した、優しさの灯る目を見て、アラミスもまた気を緩めることが出来ていた。 その金の髪は、べたつく肌に貼りついてしまっていた。 「雨が降りだしたな、よかったよ」 そうすれば、仮にあの男達が立ち上がれても、流れてしまった血の跡を追うことは出来ない。もっとも、すぐには起き上がれぬようにしておいたが、とアトスは内心呟いた。 「アトス、僕は」 ぽつり、ぽつり。呟きに近い声で、アラミスは問いかける。 「僕は、もう剣を取ることは、出来ないのか?」 雨が建物や地面に叩きつけられるざあざあとした音は、室内には微音として聞き取れる。 アトスは窓から離れて、横になっているアラミスのところに腰掛けた。苦笑が漏れる。 「包帯が取れたら、また剣を持てる。その傷は浅いわけではないが、きちんと完治するものだし、銃士隊にはいられるさ」 「そうか、よかった」 にこりと笑った顔は泣き出してしまいそうな少女のそれに似ており、アトスはため息をついた。 「しかし、あんな目に遭って。『もう当分剣を持ちたくない』と言うどころか」 「何だよ、そんなに根性ナシに見えたかい?」 「いや、体格に関係ない」 普段、この親友は体の線が細いだの何だのとよく言われている事を、アトスも知っていた。 「図体ばかり立派でも、見掛け倒しの剣士だっているからな」 「どちらにせよ、僕は見くびられてたって事になるじゃないか」 腕の痛みを忘れているように、アラミスは悪戯っぽく笑う。 「…そうだな、そうなってしまうな」 「ひどいよアトス」 「すまん」 彼はにこりと笑い、くっくっと笑うアラミスに片目を瞑ってみせた。 「本当に、いいのか?」 「ああ。君の良い処置のお陰で、もう一人でも大丈夫だから」 アトスは、この夜はずっとアラミスの傍についているつもりであった。 しかし、アラミスの「もう大丈夫」という言葉。そして"何か"を懇願する強い目に押されて、アトスは帰り支度をしていた。 「明日の朝、すぐに来るから。その時医者を呼んでくる」 「アトス」 呼ばれた銃士は、帽子を被る手を止めて声のした方を見る。アラミスは左手で、上体を起こしかけていた。 「無理をするな」 左手で華奢な体を支えて、顔を上げる。彼の目をしっかりと見て。 「ありがとう、助けてくれて」 「当たり前だろ、友達なんだから」 帽子をしっかりと被り、彼は笑ってカラリと話した。 外からはもう、雨の音は聞こえてこなかった。 「よかった」 黒髪の親友が、濡れて帰る事は無くなり安心する。 アラミスは目を瞑り、眠りに誘う手が自分を連れて行くのを静かに待った。 「よかった」 もう一度。今度は、何もかも捨てて独りで家を出てきた自分に、支えてくれる素晴らしい仲間がいてくれる事を。 今の自分を支えているのは、今でも愛している婚約者。そして彼が死しても尚自分を見守ってくれていると信じる心、だけかと思っていたけれど。 アラミスの腕は、それからしばらく経ってすっかり良くなった。 |
--------------------------------------------------------- 空森とま様(会員No.14)から頂きました。 小説の頂き物は初なので、とっても嬉しかったです〜vvv 傷ついたアラミスさんを介抱するアトスさんて、すごく絵になりますよね! もうホント、一晩中傍についててあげて欲しい(こら)。 前半のハードな描写も後半の穏やかな二人のやり取りも、すごく上手くまとめてらして、 ドキドキする場面がいっぱいでした。アラミスさんが、フランソワの事も変わらず想いながら アトスさんの事も少しずつ大事な存在になっていく、ていうのが良いですねえ。 とま様、どうもありがとうございました! とま様のサイトはこちら。→ 「アニメ三銃士同盟」 |
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